執事をお嬢様 W -佳代編-
 
 
 
 
 
「ねえ、藤崎さん、お見舞いに来たんじゃないの??」
 
「そうです。お見舞いです。」
 
「でも、ここは外来の受付よ・・・」
 
「そうですね。さあ、熱を測りましょう。」
 
「熱?? 私、どこも悪くない・・・」
 
「具合が悪くては困るんです。」
 
「・・・??」
 
「インフルエンザの予防接種ですから。」
 
「・・・!?いや〜ん、嘘つきっ!!お見舞いだって言ったのにぃ・・・」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                              執事とお嬢様W
 
 
 
 
 
 
 
ひどいわ・・・
 
知り合いの方のお見舞いだなんて言って、私のこと騙すなんて。
佳代さんも一緒だったから、変だとは思ったけど、まさか嘘だなんて疑いすらしなかった。
 
 
イヤだって言うのに、無理に熱を測らされて、今、待合室で順番が来るの待っている状態。
注射は嫌いよ、大っ嫌い!!
注射するくらいなら、熱で苦しむほうがまだましなのに・・・
 
予防接種してもしなくても、罹るときは罹るんだから・・・
 
しかし、このままでは注射されてしまう。
何とか、ここから逃げ出すことは出来ないかしら。
 
 
両脇に陣取った藤崎さんと佳代さんの両方を見比べながら、思案してみるけど
藤崎さんが側にいては、何もできない・・・
 
 
・・・と、溜息を吐きそうになったそのとき、問診表に不備でもあったのか
呼ばれて、藤崎さんが席を立った。
 
今だわ・・・千載一遇のチャンス!!
 
 
 
「佳代さん、ちょっとお手洗いに行ってきます。」
 
「では、私もご一緒いたします。」
 
 
 
藤崎さんに、私から目を離すなと言われているのか、
佳代さんも、いつになく警戒している感じ・・・
 
 
 
「大丈夫、自分で行けるわ。」
 
「いいえ、私もご一緒に・・・」
 
 
 
 
ここで、ついて来るの来ないのと愚図愚図していたら、藤崎さんが戻ってきてしまう。
 
 
 
「佳代さん、お願いよ。ここから逃がして??」
 
「そ、そんな・・・大それたこと・・・い、いくらお嬢様のお頼みでも、それはできません!!」
 
「お願い・・・この通りよ。注射されるなら死んだ方がましなくらい嫌いなの・・・お願い・・・」
 
 
 
 
何度も何度も、渾身の思いを込めて説得して、やっと首を立てに振ってくれた。
 
 
「藤崎さんが戻ってきたら、お手洗いに行きましたって、時間を稼いで。
 その間に逃げるから。後で、サンドリヨンへケーキを食べに行きましょう♪」
 
 
 
佳代さんは、まだ煮え切らないような困った表情をしていたけど、
上手くやってくれることを祈って、その場をあとにした。
 
 
身を屈めて、見つからないようにエントランスの自動ドアを抜けると、
車を回してもらおうと、携帯を取り出す。
 
 
「水島さん、車を回して。もう、お見舞いは済んだの。」
 
 
こんな目立つところに立っていては、すぐ見つかってしまう。
建物の影に隠れて、早く水島さんが来ないか待っているけど、
こんなときは、時間の経過がまるでカメの歩行並み。
 
 
 
早くして・・・お願い・・・
 
 
 
神にも祈る気持ちで待っていると、見覚えのある車が向こうからやって来た。
 
 
一人なのを不思議に思ったのか、水島さんは
 
 
「お嬢様、お一人ですか??」
 
「ええ、藤崎さんはまだもう少しお話があるんですって。
 とにかく、早く車を出して。」
 
 
 
そう言って、後部席に乗り込もうとしたその時、
 
 
グイっ!!
 
 
後ろから肩を掴まれた。
 
 
 
振り向いて確認しなくても、誰だかは容易に想像がつく。
敢えて、後ろは振り向かずに、無理に車に乗ろうとするけど、
掴まれた肩を振りほどけない。
 
 
 
「イヤ〜ン、水島さん、早く車を出して!!!」
 
 
一生懸命暴れてみるけど、力では到底藤崎さんに勝てるワケがない。
必死の抵抗虚しく、ついに半分乗りかかった車から引きずり下ろされた。
 
 
「こんなところで何をしているんです。」
 
「ハァハァ・・・」
 
「さあ、順番です。行きますよ。」
 
 
 
私が何をしようとしていたのか、百も承知のはずなのに、
まるで何事もなかったように、優しい口調で言う藤崎さんに、ちょっとだけ、ドギマギ。
 
それに、こちらは息切れしてハァハァしてるのに、呼吸ひとつ乱れてない。
 
 
でも、まだ諦めないわ・・・
 
 
手を繋ごうとした藤崎さんの左手を払い除け、再び逃げようとしたけど、
今度は腰をガッチリ掴まれた。
 
踵に力の全てを込めて抵抗してみるけど、引きずられて、とうとう、待合室まで連れて来られた。
 
 
こうなったら、最後の手段しかない・・・
 
 
 
床に蹲り、駄々捏ねてみる。
 
 
 
「お嬢様、ここは病院ですよ。立ちなさい。」
 
「イヤ!! 絶対注射なんかしないんだから。」
 
「困りましたね。だったらここでお尻だしますか??」
 
「お尻・・・??」
 
「私は一向に構いませんよ。聞き分けのない子は、その場で叱らないと効き目がありませんから。」
 
 
 
 
藤崎さんなら、脅かしじゃなくて、本当に遣りかねない。
こんな、人がたくさんいるところで、お尻叩かれるなんてイヤに決まってる。
 
 
 
 
そのとき、小学生1.2年生くらいの男の子が、予防接種を終えたらしく
ママと一緒に診察室から出てきた。
 
 
 
「よく頑張ったね。ケーキ買って帰ろうか。」
 
「うん。」
 
 
 
 
それを聞いて、
 
 
「あんな小さな子でも、我慢して注射を受けてるんです。
 いい加減に、ご自分の立場をわきまえなさい。」
 
 
 
それでも、駄目押しで、もう一度頼んでみた。
 
 
「お願い、藤崎さん、インフルエンザに罹らないように気をつけるから。
 ホントよ。帰宅したらちゃんと手を洗うし、うがいもする・・・だから、注射はイヤ・・・」
 
「はいはい、お気持ちはよくわかりました。」
 
 
 
もう、全然相手にしてくれない。
 
 
 
 
それから、すぐに診察室へ呼ばれて、そこでも「イヤ!!」って駄々捏ねたのに
看護士さんにしっかり抑えられて、左腕に注射された。
 
 
藤崎さんは、
 
 
「よく頑張りました。いい子ですね。痛くなかったでしょう??」
 
 
なんて、頭を撫でてくれたけど、少しも嬉しくなかった。
騙されたのは、事実だもん・・・
 
そう簡単に割り切れないわ。
 
 
悔しいから、帰りの車の中でも、ずっと無言で不貞腐れた態度を取り続けた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「二人とも、今日の病院での態度はなんです??」
 
 
 
 
コートを脱いで家の中に入った途端、藤崎さんに手を掴まれ、
佳代さんと供に執務室に半ば強制的に連れて来られた。
 
 
 
 
「特にお嬢様、大学生にもなられて注射がイヤだなどど駄々を捏ねて、
 私がこのまま見逃すとでも思いましたか??」
 
「だって・・・確かに駄々捏ねて逃げようとしたけど、だけど、ちゃんと注射したでしょう??
 そもそも、私が悪いんじゃないわ。騙したのは藤崎さんよ。」
 
「そうですね。騙したことは謝ります。ですが、正直に話したら、素直に従いましたか??」
 
「・・・・」
 
「それ、ご覧なさい。嘘も方便です。」
 
「ずるい・・・私には嘘ついちゃダメっていうくせに・・・それに、佳代さんは関係ないわ。」
 
 
 
 
 
隣を見ると、佳代さんは下を向いたまま唇をかみ締めている。
確かにね、とてもいい子だったとは自分でも思わないけど、叱られるのは理不尽。
 
 
 
 
 
「佳代さん、あなたはちゃんと役割を果たしましたか??」
 
「いえ・・・」
 
「お嬢様の口車に乗って、逃げる片棒を担ぐとは何事ですか。」
 
 
 
 
 
藤崎さんが、佳代さんを怒るところを今まで見たことなかったけど、
かなり怖い・・・
このまま、沈んだ佳代さんの手を引いて、逃げ出したかったけど、
2度も同じ手に掛かる藤崎さんじゃない。
 
 
 
 
 
「二人とも、机に手をついてお尻を出しなさい。」
 
「病院の先生が、今日は大人しくしているようにって言ってたもん・・・イヤ・・・」
 
 
 
 
何とか、お仕置きから逃れようと、あの手この手を試みるけど、
藤崎さんが見逃してくれたことは、今まで一度だってない。
 
 
 
 
「そうですか。ご自分がどれほど他人に迷惑を懸けたか自覚がないんですね。
 よーくわかりました。しっかり反省できるまで、たっぷりお仕置きです。」
 
「でも、佳代さんは悪くないの。私が無理にお願いしたの・・・だから許してあげて・・・」
 
 
 
 
私が叱られるのは仕方ないとしても、佳代さんまでも叱られるのは可哀想・・・
何度かお願いしたけど、藤崎さんは首を縦に振ってはくれなかった。
 
 
 
 
「お嬢様、いいんです。私がいけなかったんです。」
 
「佳代さん・・・」
 
 
 
 
そう言って、佳代さんは机に手をついた。
それを見たら、これ以上言い訳できなかった。
 
藤崎さんは、引き出しからケインを取り出して、私たちの後ろでヒュッヒュッと試振りをしている。
この音を聞く度に、恐怖で身が縮む思いがする。
 
先に私のスカートが捲くり上げられ、下着が下げられると、
今度は佳代さんのシンプルなメイド服の裾が上げられ、下着が下ろされた。
 
 
 
 
「さあ、行きますよ。二人ともしっかり反省しなさい。」
 
 
 
そう言うと、細いケインがお尻に当てられて、
空を斬る音とともに、お尻に衝撃が振ってきた。
 
 
ピッシーーーーン!!!
 
 
「あ〜ん、いたぁーい!!」
 
 
思わず叫んで、両手でお尻を摩る。
 
 
ピッシーーーーン!!!
 
 
 
隣の佳代さんは、無言でケインの痛みに堪えている。
 
 
 
それから、交互にケインが嵐のように振ってきて、もう限界。
 
 
 
ピッシーーーーン!!!
ピッシーーーーン!!!
 
ピッシーーーーン!!!
ピッシーーーーン!!!
 
ピッシーーーーン!!!
ピッシーーーーン!!!
 
ピッシーーーーン!!!
ピッシーーーーン!!!
 
 
「もうイヤーーーっ!!!」
 
 
お尻を両手で庇う。
 
 
「お嬢様、手をどかしなさい。まだ終わりではありませんよ。」
 
「イヤイヤイヤ!!もうイヤよ・・・」
 
「手をどかしなさい。それとも最初からやり直しますか??」
 
「・・・」
 
「佳代さんを見なさい。」
 
「だって、痛いんだもん・・・」
 
「痛いのは当たり前です。大人しく我慢しなさい。」
 
 
 
それからもまだまだ叩かれて、ずっと堪えていた佳代さんも姿勢を崩して元に戻されたり
私みたいに騒ぎはしないけど、声をあげたりしていた。
 
 
 
「さあ、二人とも、何か言う事はありませんか。」
 
 
 
この言葉を待っていたように、二人して同じ言葉を口にした。
 
 
 
「ごめんなさい・・・」
 
「申し訳ありませんでした・・・」
 
 
 
その後、しっかりお説教を頂いた。
 
 
 
「お嬢様が注射が何よりお嫌いなのは、もちろん存じております。
 しかし、昨年のことを思い出して見てください。」
 
「私が学校でうつされて、そのあと佳代さん、新堂さんも罹ってしまって・・・」
 
「そうですね。ですから、今年はみんな予防接種を受けたんです。
 あとは、お嬢様お一人だけ。」
 
「そうだったの・・・」
 
「ですが、まさかこれ程手古摺らされるとは、思いも寄りませんでした。
 騙した手前、多少のことは多めに見るつもりでいましたが、さすがにあれを見逃したのでは
 これから先が思い遣られると思い、厳しくしました。痛かったですね。」
 
 
 
 
そんな風に穏やかにお説教されたら、私が悪い子だったって認めざるを得なくなる。
何だか、病院で必死で逃げようとしていた自分が莫迦みたい・・・
 
待合室にはたくさんの具合の悪い方がいたのに、大きな声で騒いで暴れて・・・
診察室でだって、先生や看護士さんを手こずらせ困らせて・・・
 
 
 
 
「私が悪い子でした。ごめんなさい・・・」
 
「はい、もうこんなやんちゃはなしですよ。今度やったら、手足を縛り付けてお仕置きしますから。」
 
 
 
何だか、冗談で言ってるのか本気がわからず、苦笑しながら
「はい」ってお返事した。
 
 
 
 
「さて、佳代さん。あなたの役割は何でしたか??」
 
「お嬢様が、大人しく予防注射が受けられるようにサポートする役目でした。」
 
「そうですね。なのにあなたは、お嬢様の逃亡劇の手伝いをしたのですよ。
 あの場で、あなたがもっとしっかりしていたら、あんな騒ぎにはならなかったのです。」
 
「はい・・・申し訳ありません。」
 
 
 
 
佳代さんは、私とは違って始めから素直に反省していたようだったけど、
藤崎さんの言葉を聞きながら、心苦しい思いでいっぱいになった。
 
私が、「逃がして」なんて言わなければ、佳代さんもこんなに叱られることはなかった。
きっと痛みは私と同じはずなのに、しっかり我慢してお仕置きを受けていた佳代さん・・・
黙ってはいられなかった。
 
 
 
 
「ごめんなさい、佳代さん・・・私のせいで、佳代さんまでこんなに厳しく叱られて・・・」
 
「いいんです、お嬢様。そのお気持ちだけで十分です。」
 
 
 
 
佳代さんは、私を見て、やさしく微笑んでくれた。
 
 
 
 
「さあ、二人とも、もう一度机に手をつきなさい。」
 
「えっ〜、まだ終わりじゃないの??」
 
「何ですか、その言い草は。反省してないならはじめからやり直します。」
 
 
 
 
藤崎さんのことだから、本当に最初からやりかねない。
仕方なく、机に手をつき痛みが降ってくるのを静かに待つしかなかった。
 
てっきり、またケインで叩かれるかとビクビクしていたのに、以外にも平手が降ってきた。
それも、明らかに加減した強さで・・・
 
佳代さんも私もそのまま静かに我慢して、やっと辛い時間は終わった。
 
 
 
それから、すっかり凹んでしまった佳代さんと私に、藤崎さんが熱いミルクココアを入れてきてくれた。
ふわふわのクッションも一緒に・・・
 
厳しくて怖いけど、こんな心遣いが堪らなくうれしかったりする。
ミルクココアは程よい甘さで、さっきまでお仕置きされていたことが、
遠い過去のことに思えるくらい美味しかった。
 
 
 
 
 
「佳代さん、今度、約束のサンドリヨンへケーキを食べに行きましょう。」
 
「お嬢さま、そんなお気遣いはどうかなさらずに・・・」
 
「ううん、佳代さんと一緒に行きたいの。ねっ、いいでしょう??」
 
「はい、お嬢様。」
 
 
 
ありがとう、佳代さん・・・
そして、今日は本当にごめんなさい・・・
 
 
 
そういえば、藤崎さん、嘘も方便・・とか何とか言ってたわ。
今度、それで、あの澄ましたクールなお顔をギャフンと言わせてやるんだから。
 
 
でも、これだけは憶えておいて。
 
注射は嫌いよ、大っ嫌い!!
注射するくらいなら、熱で苦しむほうがずっとマシなんだから。
 
 
 
 
 
 
 
END
 
 
Nina拝
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
おまけです♪
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
数日後、晃彦さんが遊びに来た。
予防注射のお話をすると、急に笑い出して・・・
 
 
「あははは、病院で脱走劇とは、紗雪もやるもいんだな。あははは・・・」
 
「晃彦さんたら、さっきから笑ってばかりで・・・そんなに可笑しい??」
 
「いや、君らしいと思ってね。」
 
「私らしい??何が??」
 
「注射が嫌いだからって病院から逃げ出すなんてこと、今時小学生だってしないさ。」
 
「そうだけど、それくらい注射が大ッ嫌いなんだもん。」
 
「じゃあ、これから悪いコトしたら、お尻ぺんじゃなくて、お尻にふと〜い注射してもらうか??
 そのほうが効果がありそうだ。あははは・・・」
 
「ひどいわ。子供扱いして。」
 
 
ちょっと拗ねた顔をしたら、
 
 
「あははは、悪かった。でもさ、正直、病院で駄々こねてる紗雪も見たかったよ。あははは・・・」
 
「まだ笑ってる・・・あれから藤崎さんにすっごく叱られたんだから。」
 
「そりゃそうだろ。オレだったら、その場で思いっきりお尻引っ叩いてたよ。」
 
「イジワルなこと言わないで。必死の抵抗だったんだから。」
 
「子供扱いされたくなかったら、もっと場をわきまえた行動を取らないとな。」
 
 
ふいに立ち上がった晃彦さんは私の頭をポンポンてすると、ニッコリ素敵な笑顔でこう言った。
 
 
「頑張って素敵なレディになってくれよ、やんちゃ姫さん」
 
 
あら、やんちゃは一生やめられないわ・・・やんちゃ出来なくなったら私じゃないもん♪
 
 
 
 
 
END
 
 
 
 
 
 
 
 

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