執事とお嬢様 Y
 
 
 
 
 
「紗雪、大丈夫??ほら、しっかりして。」
 
「う〜ん・・・」
 
「こんなに酔ちゃうなんて・・・」
 
「家に電話して迎えに来てもらったほうがいいわ。」
 
「・・・ダメよ・・・ふ・・藤崎さんに・・・しか・・られる・・・」
 
「困ったわ・・・ウチに泊めるのは構わないけど、紗雪のとこ、確か、外泊禁止だったはずよ。」
 
「もう12時過ぎてるし、やっぱり、迎えに来てもらったほうがいいと思うわ。」
 
「そうよね、じゃあ、電話するね。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                      執事とお嬢様 Y
 
 
 
 
 
目覚めるとベッドの中にいた。
 
太陽の光が、天蓋の薄いレースの間から差し込んできて眩しい。
陽がこんなに高くなってるってことは・・・
 
時計を見ると、11時を少し回っていた。
あわてて起きようとすると、ズキっ・・・頭が痛い。
 
 
これって、もしかして二日酔い・・・??
 
 
昨日は女子会をやって、みんなでわいわい食べて飲んで、楽しく過ごして・・・
でも、その後、どうやって帰ってきたのか全く覚えてない。
 
自分で着替えた記憶もないのに、ちゃんとネグリジェを着てるし・・・
 
そういえば、お酒は絶対飲まない、12時までには必ず帰宅するってお約束で、
昨日は特別に門限を伸ばしてもらったんだった。
 
 
イヤ〜ン、のんびり寝てる場合じゃないわ。
 
どうしよう・・・藤崎さんに叱られる・・・
 
お酒飲んだこと、きっとバレバレ。
まだ、未成年なのに・・・
 
 
とにかく、様子を見て来なくちゃ。
 
 
 
ネグリジェのままお部屋を出て、調度よく、少し開いていたダイニングの大きなドアから
中の様子をこっそり覗いてみる。
 
佳代さんの姿は見えても、藤崎さんの姿は見えない。
もしかして、執務室かしら・・・
 
でも、もう少しだけ・・・そう思って、さらにドアを10cmほど開け中を覗いていると、
後ろから声が。
 
 
「そんなところで何をしているのです。」
 
 
ギクッ・・・
 
 
ふいに声を掛けられ、ドキッとして心臓が飛び出しそうになる。
もう、脅かさないで。
 
 
「それに、なんですか。寝衣のままでウロウロしてお行儀の悪い。」
 
 
バツが悪くて、肩をすぼめ上目使いにお顔を見ると、
藤崎さんは、意外にもニッコリ人懐こい笑顔で、
 
 
「ご気分はいかがですか??」
 
 
なんて聞く。
 
 
「えっ??ちょ・・・ちょっと頭が痛かったけど、大丈夫よ。」
 
「それはよかった。お風呂の用意がしてございます。とにかく、すっきりして、お話はそれからです。」
 
 
やっぱり・・・二日酔いだってこと、完全にバレてる。
でなきゃ、ご気分はいかがですか??なんて聞くはずない。
 
シラ〜っとしたお顔であっさり言うけど、きっと、藤崎さんの頭には見えない角がニョキニョキって
生えてるんだわ。
こわ〜いこわ〜い、鬼の角が・・・
 
 
 
 
 
 
 
長いお風呂ですっかりお酒は抜けたみたいだけど、いつ
 
 
「未成年がお酒飲むとは何事ですか。こちらへ来なさい。」
 
 
って言われるかビクビクだったのに、そんな気配は全くなし。
なんだかちょっぴり拍子抜け・・・
 
でも、叱られないで済むならラッキー♪
 
 
それでも気になって、佳代さんを呼び止め、こっそり聞いてみた。
 
 
 
「藤崎さん、怒ってた??」
 
「いいえ、いつもと変わりはございませんが・・・」
 
「ねぇ、佳代さん、昨夜、私が何時に帰ってきたかわかる??」
 
「休んでよいとのことでしたので、お嬢様がお帰りになる前に休ませていただきましたが、
 そのとき、12時を過ぎていました。」
 
「そう・・ありがとう。」
 
 
 
それを聞いたら、今まで以上に心がずっしり重くなった。
私ったら、門限まで破ってる・・・
 
 
・未成年の飲酒
・泥酔
・門限破り
 
 
悪い子がこれだけ揃いも揃っていれば、厳罰は免れない。
また、執務室のデスクに手を付かされて、お尻をイヤというほどあの棒で叩かれるに決まってる。
泣いても、ごめんなさいしても簡単には許してもらえない・・・
 
でも、そんな私の予測に反して、執務室へ連れて行かれることはなかった。
 
それどころか、数日経っても、そのことに一言も触れもしない。
顔を合わせても、すれ違っても、全くそんな気配もない。
 
はじめはラッキーって思ってたけど、だんだんそうも言っていられなくなった。
いつもなら、とっくに叱られてお尻はパンパンに腫れ、座るのもツライ状態なのに・・・
 
 
叱られるのはイヤよ。
お尻叩かれるのはもっとイヤ。
 
 
でも、これだけ悪いコトをしたのに叱られないのも・・・イヤ・・・
 
叱られてお仕置きされると、お尻が痛くなるけど、叱られないのは心が痛い。
 
 
 
藤崎さん、言ってた。
 
 
「厳しく叱るのは、大切に思っているからです。どうでもよいのなら叱ったりしません。」って・・・
 
 
泥酔事件から一週間も経つのに、何も言わないってことは、
私のことなんか、どうでもいいって思ってるのかもしれない。
 
 
私が悪いコトばっかりして、いい子になれないから呆れられちゃったのかも・・・
そんなことばかり考えていたら、何だかとても悲しくなって、朝食をいただきながら
ポロポロ泣いてた。
 
 
コーヒーを運んできた藤崎さんが、顔を覗き込んで聞く。
 
 
「いったい、どうなされたのです??」
 
「わ・・わたしのこと、嫌いになっちゃったの??」
 
「なんですか、藪から棒に。」
 
「だって・・・藤崎さん・・・叱ってくれないんだもん・・・」
 
「私に叱られるようなことをなさったのですか??」
 
 
こっくり頷く。
今まで言えなかった言葉を口にしたら、どんどん思いが込み上げてきて、
感情を抑えられなくなっていた。
 
 
「叱られるのはイヤよ。でも、悪いことをしたのに叱られないと見放されたみたいで悲しい・・・だから・・・」
 
「だから、何です??」
 
「お仕置き・・・してください。」
 
「わかりました。」
 
 
藤崎さんは、それだけ言うと、私の手を取り執務室へと続く長い廊下をゆっくり歩いて行く。
ギュッと握ってくれている温かくて力強い手を、このまま放したくなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「さあ、いったいどんな悪いことをしたのか言ってごらんなさい。」
 
「未成年なのに、お酒飲んで、記憶も失くすくらい酔って・・・」
 
「他にもありますね??」
 
「門限・・・守れませんでした・・・」
 
 
 
藤崎さんは、すっかりいつも通りに戻っていて、ちょっとホッとしたけど、
それもつかの間・・・
 
 
 
「ご自分のしたことが、どんなにいけないことなのかよく解っていらっしゃるようですので
 多くは言いません。ですが、未成年の飲酒は単に悪いことではなく、列記とした犯罪です。」
 
「はい・・・」
 
 
お返事したら、ソファーの上に膝立ちするように言われ、その通りにする。
 
藤崎さんは、例のモノをデスクの引き出しから取り出すと、
黒い革の柄を握り、シュッシュッと試し振りをしている。
 
その空を切る音を聴いていたら、「お仕置き、してください」なんて言った自分を後悔した。
なんで、あんなこと言っちゃったのかしら・・・もう遅いけど。
 
 
 
「今日は心から反省するまで止めることはしません。徹底的に懲らしめます。
 手を出したらはじめからやり直しです。いいですね。」
 
「そ・・そんなの無理よ・・・」
 
「それができないのなら、、お仕置きはいつになっても終わりません。」
 
 
それだけ言うと、スカートが捲くり上げられ、下着が太腿まで下げられた。
冷たいケインがお尻に当てられ、ソファーの背もたれを掴む手に自然と力が入る。
 
 
ピッシィィィィーーーン!!
 
 
「いったぁーーーい!!!」
 
 
あまりの痛さに、大きな声で叫んでお尻を両手で覆う。
でも、すぐ手はどけられて、
 
 
「やり直し。」
 
 
ピッシィィィィーーーン!!
ピッシィィィィーーーン!!
ピッシィィィィーーーン!!
ピッシィィィィーーーン!!
ピッシィィィィーーーン!!
 
 
 
間髪を入れず、連続で叩かれて、悲鳴を上げて両手でお尻を庇った。
指で触れても、ミミズ腫れになってるのがわかる。
 
 
「手をどかしなさい。」
 
「イヤッ!!痛くするもん・・・」
 
「仕方ありません。」
 
 
そう言うと、デスクから何やら取り出している様子。
戻ってくると、お尻を擦っていた両手に何かしている。
 
イヤな予感がして後ろを振り向くと、両手がシルクのタイで縛られようとしていた。
 
 
 
「何するの??放して!!」
 
「叩くたびに手を出されたのでは、お仕置きになりません。」
 
「イヤ〜!!お願い、解いて!!」
 
「お忘れですか。今度悪いことをしたら、手足を縛ってお仕置きしますと申し上げたはずです。
 単なる脅かしではありませんよ。」
 
 
 
忘れたわけじゃないけど、まさか、本当に縛られるなんて思ってなかったんだもん。
これじゃあ、痛くても庇えないし、痛みを紛らすことさえできない。
何とか解けないかと、手を動かしてみるけど、そのうち、またケインが飛んできて、
 
 
「いったぁーーーーい!!!もうイヤぁーーー!!!」
 
 
手は使えないし、足をバタバタさせても、ケインが止むことはなかった。
 
 
ピッシィィィィーーーン!!
ピッシィィィィーーーン!!
ピッシィィィィーーーン!!
ピッシィィィィーーーン!!
ピッシィィィィーーーン!!
 
 
 
「うわ〜ん!!もうイヤぁーーーー!!ごめんなさぁーーーい!!」
 
 
 
ピッシィィィィーーーン!!
ピッシィィィィーーーン!!
ピッシィィィィーーーン!!
ピッシィィィィーーーン!!
ピッシィィィィーーーン!!
 
 
 
「ごめんなさーーーーい!!もう二度としないから・・・ご・・めんなさ・・・い。」
 
 
何度も何度もごめんなさいして、声が掠れるまで叫んで
やっとケインが止んだ。
 
 
藤崎さんは、無言で拘束を解くと下着を上げスカートを下げて、
 
 
「さあ、こちらを向いて正座しなさい。」
 
 
その声は、さっきまでの厳しい声ではなく、優しい響きに変わっていた。
 
 
 
 
 





「何故、あれだけ約束したのに、お酒を飲んだんです??」

「最初はジュースを飲んでいたの・・・でも、私だけまだ19歳なんだもん・・・みんなもう二十歳なのに。
 だから、ひとくちだけって思ってスパークリングワインを飲んだら美味しくて・・・」

「そんなことだろうと思いました。ですが、未成年の飲酒は犯罪です。もし、これをマスコミにでも報道されたら、
 どうなっていたかわかりますか??」

「マスコミ??」

「そうです。久世財閥の令嬢が未成年飲酒、しかも泥酔などと報じられれば、
 水早様以下、国内外の多くの社員にも影響を及ぼすのですよ。」

「パパや会社の社員まで・・・??」



それを聞いて、気持ちが更に凹んだ。
そんなこと、今まで考えたことさえなかった。



「そうです。良くも悪くも、お嬢様は責任のあるお立場なのです。その場の雰囲気や感情に任せて行動すれば、
 取り返しのつかないことにもなりかねません。どうぞ、ご自制ください。それが、大人です。わかりますね。」

「はい・・・そこまで考えなかったの・・・これから気をつけます。」

「まったく、調子に乗って何杯も飲んだのでしょう。でなければ、あんなになるはずはありません。」



あんなにって、そんなにひどかったの・・・わたし・・・
藤崎さんの言うとおり、3杯くらいは飲んだ気がする。
そのうちに、頭がクラクラしてきてぽわ〜んっていい気分になって、記憶もどこへやら。



「それから、約束の門限も見事に破ってくれましたね。」

「ごめんなさい・・・」

「約束は、相手を信頼してするのです。どんな約束も簡単に破っていいものなどないのですよ。
 信頼を裏切ることになるからです。」

「酔っていて、すっかり忘れてしまったの・・・本当にごめんなさい。」

「いいですか。約束は必ず守る。できない約束はしてはなりません。それが人の道です。」



藤崎さんのお説教は、どれもみんな当たり前のことで、難しいことなどひとつもないのに、
その当たり前のことが何一つできていない自分を思い知らされた気がした。

大人になるのは、私が思っている以上に責任を伴うってことも・・・
 


「ねえ、藤崎さん、どうして、すぐに叱ってくれなかったの??」

「試したのですよ。」

「試した・・・??」

「叱られないことをいいことに、そのままスルーしてしまうか、それとも、きちんと自己申告できるか。」

「ひどいわ・・・見放されたと思ってとても辛かったんだから・・・」

「あはは。『お仕置き、してください』と言えたこと、えらかったですよ。」

「いろいろ考えて落ち込んで、損しちゃったわ。」



それがわかっていたら、「お仕置きしてください」なんて、死んでも言わなかったのに・・・
藤崎さんの策略に見事に引っ掛かってしまうなんて。
ちょっとだけ、しゃく・・・

そんなことを思っていたら・・・



「さあ、立ちなさい。まだ終わりではありませんよ。」

「えっ〜!!もうやだ・・お尻、パンパンだもん。お願い、終わりにして。」

「まだ、ケインが足りないようですね。よ〜くわかりました。」

「ケインはイヤ〜〜!!」



それから、膝に乗せられて平手で50回、回数を数えさせられた。
手加減してくれるとばかり思ったのに、痛ったいの50。

でも、お尻はすっごく痛かったけど、こんな痛い思いは二度としたくないけど、
気持ちがすっきりして晴れやかになったことは確か。
何より、藤崎さんに見放されてなかったってわかって、心からホッとした。


そういえば、藤崎さんと前にお約束をしたっけ・・・
覚えているかどうか、お尻を冷やしてもらいながら聞いてみた。



「藤崎さん、ずっ〜と前、私とお約束したこと覚えてる??」

「さあ、約束などした覚えはごぜいませんが・・・」

「えっ〜〜!!覚えてないのぉ??約束は必ず守るって、さっき言ったのにぃ!!」

「あはは、覚えていますよ。やんちゃなお姫様に、生涯、仕えさせていただきます。」

「うん・・・」



ずっとずっと約束よ。

だって、まだまだいい子になんてなれないもん。





END


Nina拝




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