執事とお嬢様 Z
 
 
 
 
「しばらくお屋敷を留守にしますが、よい子にしているんですよ。」
 
「大丈夫よ。ちゃんと、言いつけ守っていい子にしてます。」
 
「本当ですね??」
 
「もう、藤崎さんたら、心配性なんだから。安心して行ってきて。」
 
「ちょっと目を放すと何を仕出かすかわかりませんからね、ウチのお嬢様は。」
 
「あら、ずい分と信用ないみたい。」
 
「おいたが過ぎたら、どうなるかわかっていますね。」
 
「ちゃーんとわかってます。」
 
「では、お嬢様を信じて、行って参ります。」
 
「行ってらっしゃい、気をつけて。」
 
 
 
 
 
 
                        執事とお嬢様 Z
 
 
 
 
 
 
ふぅ・・・やっと出かけた。
 
 
 
昔、お世話になった英国の公爵家の前ご当主が、御隠れあそばされたとのことで、
急遽、藤崎さんが2週間程、ロンドンへ行くことになった。
 
今まで、こんなに長くお屋敷を留守にすることなんてなかったから、
ちょっぴり淋しいけど、ワクワクもする。
 
 
・朝は7時に起きなさい
・食事は好き嫌いなさらずに
・11時にはベッドに入ること
・おけいこごとはさぼらないこと
 
 
相変わらず細かいこと言われたけど、もう子供じゃないわ。
二十歳になって、列記とした大人よ。
 
ただ、晃彦さんも夏休みで京都のご実家へ帰省しているから、
この機会を一緒に満喫できないのはとっても残念だけど・・・
 
 
運転手の水島さんも料理人の新堂さんも、夏の休暇中だから、
この広いお屋敷に私と佳代さんの二人だけ。
 
佳代さんは優しいから、いろいろ大目に見てくれそうだし・・・
 
 
 
 
それからは、連日のように、プールやクルージングを楽しんで、今夜は飲み会。
女子会じゃなくて、合コンよ♪
 
 
この前は、まだ未成年だったから、お酒飲んで叱られたけど、
もう大丈夫。
誰に注意されることもない。
 
 
たくさん食べて飲んでお話して盛り上がって、
門限には間に合わなかったけど、藤崎さんがいないからビクビクしないで済むし、
この開放感がたまらなくいい感じ。
 
そんなことを思いながら、ほろ酔い気分で帰宅したら、
 
 
 
「お嬢様、大変です!!」
 
 
 
佳代さんが血相を変えて飛んできた。
ただ事ではない様子。
 
 
 
「いったいどうしたの??」
 
「それが・・・変な男が・・・」
 
「変な男??」
 
「30分くらい前にいきなり現れたんです!!」
 
「こんな遅くに・・・??」
 
「お嬢さまぁ、強盗だったらどうしましょう!!」
 
「ええっ!!強盗??怖いこと言わないで。」
 
「で、でも・・・怪しい感じが・・・」
 
 
 
 
すっかり怯えた様子の佳代さんの後を付いていくと、
プチサロンの椅子に深く反りかえるように座った見知らぬ男がいた。
 
お部屋の中だというのに、サングラスを掛けて足を組んでる、黒ずくめの男・・・
 
 
 
「貴方、いったい誰??」
 
「人の名前を聞く前に、まずは自分から名乗るのが礼儀だと思うけど。」
 
 
佳代さんが、後ろでビクビクしているのが伝わってきて、
私もなんだか心細くなってきた。
 
 
「久世紗雪です。この家の娘です。」
 
「君がここのお嬢さん。」
 
 
 
そう言うと、男はスーっと立ってサングラスを外す。
 
なぁ〜んだ、思ったより可愛い顔してるじゃない。
佳代さんが、変な男とか強盗だなんて言うから、もっと怖い感じの人かと思ったのに、意外。
それに、ルパン並みに華奢。
 
でも、30は過ぎてる・・・??
若く見えるけど。
 
 
 
 
「もう一度訊きます。貴方はいったいどこの誰なの??」
 
「由良達也、8月いっぱいこの屋敷で世話になることになってる。よろしく。」
 
「そんなお話、聞いてません。佳代さんは聞いてる??」
 
「いえ、私も今始めて聞きました。」
 
「ボディガード役を頼まれてる。久世社長にね。」
 
「ボディガード??」
 
「そう、女の子二人きりで危ないからってね。」
 
 
 
思わず佳代さんと顔を見合わせる。
しばらく二人きりで、心細いことは確かだけど・・・
 
 
でも、素性が知れないなんて・・・思いっきり怪しいわ。
そんな思いが伝わったのか、
 
 
 
「いきなり押しかけたんだから仕方ないけど、怪しい者じゃないよ。
 信用できないなら、久世社長に問い合わせてみるといい。」
 
「わかりました。佳代さん、お部屋を用意してさしあげて。」
 
「かしこまりました。」
 
 
 
その後、心配になって、パパに電話して確認したところ、
あの人の言ってることに間違いはなかった。
 
 
でも、あんな華奢で、ボディガードが務まるのかしら・・・
 
 
それに、せっかくいい気分で帰って来たのに、妙な騒ぎですっかり酔いが醒めてしまい、
お腹も少し空いてきた。
 
佳代さんに何か軽いものを用意してもらおうとダイニングへ行くと、部屋に行ったはずの男が入ってきた。
 
 
 
「さっきは言い忘れたけど、門限過ぎてるよね??」
 
「門限・・・??貴方に関係ないでしょう??」
 
「ふ〜ん、常習犯なんだ。」
 
「そんなことはありません。今日は偶々、遅れただけです。」
 
「ものは言い様・・・だね。」
 
 
 
何だか、いや〜な感じ。
 
 
確かに門限は10時で、この人の言うとおり過ぎていたけど、
だからって、どうこう言われたくない。
 
 
「門限破ろうと私が何をしようと、貴方にとやかく言われたくありません。」
 
「そう・・・よくわかった。」
 
 
 
 
含みのある言い方でそう言うと、いきなり右手首を摘まれた。
 
 
「何するの??放して!!」
 
 
掴まれた手を振りほどこうとするけど、今度は腰をギュッと掴まれてしまい身動きが取れない。
 
それにこの体勢は・・・
 
そのまま横抱きにされて、パシッパシッ!!
お尻を叩かれた。
 
 
「キャッーー!!何するの??やめて!!」
 
 
さっきはじめて会ったばかりの人にお尻叩かれるなんて、思いっきり恥ずかしい。
それに・・・相手は男の人・・・だもん・・・
 
 
「佳代さーん!!助けて!!」
 
 
大きな声で呼んだら、すぐ佳代さんが来てくれた。
 
 
「何をなさるんです!!お嬢様をお放しください!!」
 
「止め立てすると、同罪だよ。」
 
「佳代さーん!!」
 
「お嬢様!!」
 
 
 
佳代さんは、一生懸命男の腕を引き離そうと頑張ってくれたけど、ビクともしないみたい。
そのうち息切れしてきたようで、ハァハァと荒い息使いだけが聞こえてくる。
 
・・・と、そのとき手が止まった。
 
これで解放されるのかと思いきや、今度は椅子に座って膝の上に乗せられた。
否応なく、何をされるかは想像がつく。
 
だって、悪いコトしたときは藤崎さんや晃彦さんに同じことされるから・・・
 
 
「イヤーーー!!!」
 
 
足をバタバタさせて、手でお尻を庇ったけど、呆気なく背中に捩じ上げられ、
 
パシン
パシン
 
太腿を叩かれた。
 
そして、ワンピースの裾が巻くり上げられ、下着が下ろされる。
 
いったい何でこんなことになるの・・・
 
恥ずかしさと情けなさで涙が出てきた。
 
 
 
「洋の東西を問わず、おいたする子のお仕置きはお尻って相場は決まってるんだよ。
 手加減はしないから、しっかり我慢して。」
 
 
そう言うと、さっきの服の上からのとは比べ物にならないくらいの痛みが振ってきた。
 
 
 
パッシィィーーン!!
パッシィィーーン!!
 
パッシィィーーン!!
パッシィィーーン!!
 
 
 
「いったぁーーい!!」
 
 
 
パッシィィーーン!!
パッシィィーーン!!
 
パッシィィーーン!!
パッシィィーーン!!
 
 
 
「ああああぁん・・・いたい・・・」
 
「痛いのは当たり前でしょ、何で痛くされてるかわかってる??」
 
 
 
わかってたけど、答えたくなかった。
 
 
 
「ふ〜ん、わかってて言えないんだ・・・っていうか、言いたくないんだ。」
 
 
まるで心の中まで、見透かされているみたい。
 
 
 
「・・・」
 
「だったら、いつまでも黙ってるといい。その代わり、お仕置きは終わらないよ。」
 
 
 
パッシィィーーン!!
パッシィィーーン!!
 
パッシィィーーン!!
パッシィィーーン!!
 
 
 
パッシィィーーン!!
パッシィィーーン!!
 
パッシィィーーン!!
パッシィィーーン!!
 
 
 
 
それから、お尻が麻痺してしまうくらい叩かれて、
 
 
「おじょう・・・さまぁ・・・」
 
 
佳代さんが泣き出して、最後の最後で、
 
 
「ごめんなさい・・・」
 
 
を言った。
 
それも、聞こえるか聞こえないかの小さな声で・・・
 
 
「メイドさん、濡れタオル持ってきてもらえるかな。」
 
 
結局、最後まで素直じゃなかった私のお尻を冷やしてくれて、
頭まで撫でてくれてる。
 
 
もしかして、優しい・・・ひと??
 
 
そんなことを思ったのも束の間。
 
 
 
「しかし、強情なお嬢さんだね。はじめてだからこれくらいで許したけど、
 滞在している間、何か仕出かしたらこの程度じゃ済まないから。」
 
 
この程度じゃ済まないないから・・・って、それ、どういう意味??
その言葉を聞いて、カチーンときた。
 
これじゃ、ボディガードじゃなくて、思いっきりお目付け役じゃない??
 
 
「それから、今度から『貴方』じゃなくて『達也』って名前で呼ぶように。」
 
 
体のいい居候のくせに、いったい何様のつもりかしら。
 
8月いっぱい居るなんて、先が思いやられるわ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
その夜はベッドに入っても、なかなか寝付けなかった。
 
お尻は腫れて熱を持ち寝返りするのも痛いし、お仕置きされてた姿を想像したら、
今でも、顔が赤くなるくらい恥ずかしいし・・・
 
それにしても、癪だわ。
あんなに叩くなんて・・・
 
いろいろ考えていたら、今更ながら腹が立ってきた。
何で私が、今日会ったばかりの人に叱られてお尻叩かれなきゃいけないの??
 
 
例え、小さな声でも「ごめんなさい」なんて言ったのが間違いだったんだわ。
 
 
怒りで、頭はどんどん冴えてきて眠れないし、
一旦治まったお腹が、また騒ぎ出した。
 
深夜の2時を過ぎてるし、佳代さんを起こすのもかわいそうだから、我慢しようと思ったけど、
 
 
「ぐぅぅ・・・」
 
 
って、お腹が悲鳴を上げてる。
 
仕方ない・・・
 
 
お尻が痛いから、極力刺激を与えないように、そっとベッドを抜け出しキッチンに行き、
冷蔵庫を開けるとメロンがあった。
 
 
やった・・・これ、いただいちゃおうっと。
 
 
藤崎さんに見つかったら、きっとすっごく叱られるけど、今はいないから平気よね。
 
 
お皿に乗ったメロンを取り出そうとしたその時、
 
 
 
「こんな時間に何やってるの??」
 
 
ドッキーン!!
 
 
振り返ると、あの男がいた。

いったい何なの・・・突然現れて・・・
まさか、私のこと、寝ないで見張ってるとか??
 
 
 
「なにって・・・お腹が空いたからメロンを食べようとしてるとこよ。」
 
「ふ〜ん」
 
 
でた、ふ〜ん・・・
 
 
この人事みたいな言い方・・・キライ。
 
 
 
「ふ〜んて、何よ。」
 
「良家のお嬢様っていうのは、夜中にこそこそ冷蔵庫漁るんだ。」
 
「漁る・・・って、失礼ね。そもそも貴方のせいでお腹が空いたのよ。」
 
「自分で悪いコトしておいて他人のせいにするなんて、最低だね。」
 
「そこをどいて。」
 
 
メロンを持ってダイニングへ行こうとしたら、お皿を取り上げられた。
 
 
「何するの??返して!!」
 
「ダメ。」
 
 
 
私から奪い取ったメロンを置くと、強く手を引かれた。
 
 
「痛い・・・乱暴しないで。」
 
 
そのまま、引き摺られるようにダイニングに連れて来られると、電気を付けた。
急に明るくなり、目が慣れていないせいか異常に眩しい。
 
 
 
「手を付いて。」
 
「イヤです。」
 
「そう、素直にしたほうが身のためだと思うけど。」
 
「何よ、その言い方・・・」
 
「こんな夜遅くにベッドから抜け出し、しかも寝巻き姿で、冷蔵庫漁ってる令嬢なんて聞いたことがない。」
 
「だって・・・お腹が空いて眠れないんだもん・・・」
 
 
 
何だか、これじゃ、私の方が思いっきり劣勢みたい。
すっかりこの人のペースに巻き込まれちゃってる。
 
 
 
「お腹が空いたら、メイドさんを呼んで、部屋まで運んでもらえば済むはずだよ。」
 
「佳代さん、もう休んでるし、起こしたらかわいそうだから・・・」
 
「それ、取り違えてる。かわいそうだなんて思うのは、思い上がりだ。」
 
「思い上がり・・・??」
 
「彼女はボランティアでメイドやってるんじゃない、それが彼女の仕事なんだよ。」
 
「・・・」
 
 
 
そう言われたら、返す言葉がなかった。
確かに、この人の言うとおりだと思ったから・・・
 
 
 
「もう一度言うよ。手をついて。」
 
 
それでも、ヤダぁ・・・ってグズグズしていたら、
 
 
「きゃぁ!!」
 
 
身体を持ち上げられ、テーブルに腹這いになるような姿勢にされた。
もちろん、足は床に付かなくてブラブラした状態。
 
そのウチ、くるぶしまであるネグリジェの裾が捲り上げられた。
下着も足の付け根まで下ろされる。
 
思いっきり恥ずかしい・・・
だって、さっき叩かれたばかりで、お尻腫れてるもん。
 
 
 
「二度とこんなお行儀の悪いコトするんじゃないよ。」
 
「・・・」
 
「返事は??」
 
「・・・」
 
 
何だか悔しいから黙っていたら、
 
 
「ふ〜ん、無視ね。返事もできないなら、今から素直に出来るようにしてあげるから。」
 
 
淡々とした声で言うと、
 
 
 
パッシィィーン
パッシィィーン
 
パッシィィーン
パッシィィーン
 
 
 
鉛のように重い平手が飛んできた。
 
 
 
「ああああぁぁん、いたいっ・・・」
 
 
何でこんなに痛いの??
両脚をバタバタさせても、脚だけ浮いた状態で力が入らない。
 
 
 
パッシィィーン
パッシィィーン
 
パッシィィーン
パッシィィーン
 
 
 
腫れたお尻を容赦なく叩かれて、さっきまでの強気はすぐに弱気へと変わる。
 
 
 
「ごめんなさいは??」
 
「・・・」
 
「まだ、足りないんだ。」
 
 
それでも、黙っていたら、
 
 
 
パッシィィーン
パッシィィーン
 
パッシィィーン
パッシィィーン
 
 
 
さっき以上に痛くされて、
 
 
「うわ〜ん、いたぁぁぁぁい!!」
 
 
思わず、大きな声で叫んだ。
 
泣きたかったけど、必死で我慢した。
でも、もう限界・・・
 
 
 
「もう一度聞くよ。ごめんなさいは??」
 
「・・・ごめん・・・なさい・・・」
 
 
 
蚊の啼くようなほんの小さな声で言ったら、
 
 
 
「聞こえない。もっと大きな声で。」
 
「ごめんなさい・・・」
 
「もう、二度としない??」
 
「・・・」
 
「まったく・・・言えないなら、もっと厳しくするよ。」
 
「いやぁぁぁ・・・」
 
「だったら、何て言うの??」
 
「もう・・・二度と・・・し・・ま・・せん・・・」
 
「よくできました。」
 
 
 
やっと、イヤな時間が終わって抱き起こされたあと、
 
 
 
「頑張ったね。」
 
 
って、頭をポンポンってしてくれた。
 
 
「もう、こんなことしちゃダメだよ。」って・・・
 
 
 
この人、知ってるのかしら・・・
私が、頭撫でられるのに弱いってこと。
 
 
 
「お腹空いてるんだよね。食べたら大人しく寝るんだよ。」
 
 
 
そう言って、さっき、取り上げたメロンを持ってきてくれた。
でも、お尻痛くて椅子に座れないわ・・・
 
そう思っていたら、
 
「はい」
 
って、ふわふわのクッションまで・・・
 
 
やっぱり優しい人なの・・・??
 
 
いろいろな意味で、今夜は眠れそうにないわ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
次の朝、ダイニングへ行くと、あの人が一足先にテーブルについていた。
 
昨日の黒づくめの服とは打って変わって、今日はビシっとスーツ姿。
まるで、別人みたい・・・
 
 
 
「おはようございます。」
 
「おはよう。悪いね、先にいただいたよ。」
 
「ええ・・・」
 
「うん??どうかした??」
 
「昨日とは・・・まるで雰囲気違うから・・・」
 
「ははは。これから仕事だからね。」
 
「そうよね・・・」
 
「ごちそうさま。」
 
 
 
席を立って、私のところまで来ると、身を屈めて耳元で言う。
 
 
 
「お尻、大丈夫??」
 
「・・・」
 
「もう、治っちゃった??」
 
「治るわけないでしょう??」
 
「ははは。そうだよね。」
 
 
 
まったく、何を言っているのかしら・・・
どう考えたって、どんなに冷やしたって、次の日に治ってしまうなんてあり得ない。
 
悔しいから、ちょっと睨んでやったら、笑いながら、
 
 
「悪いコトすると、またここを痛くされるんだよ。」
 
 
って、痛いお尻をギュッて抓った。
 
イジワルだわ。
 
 
でも、昨日のような腹立たしさは、何故だか起こらなかった。
 
 
それにしても、不思議なひと・・・
 
 
見るからに華奢で優男なのに、怒ってるときは声が低くなって怖いの・・・
まるで、スイッチが切り替わるみたいに。
 
決して、威圧的じゃないのに、何ていうのかしら・・・淡々として表情を変えないから
余計に怖いと感じるのかもしれないけど・・・
 
 
 
 
 
それからは、しばらく平穏な日々が続いた。
 
藤崎さんがロンドンへ発ってから、すでに一週間が過ぎていて、
本当なら、もっとのんびりする予定だったのに、達也さんがすっかりお目付け役になっていて、
目を光らせているから遊び回れない。
 
せっかく自由な夏休みを満喫しようと思っていたのに、これじゃ、藤崎さんが居るときと変わらないわ。
 
 
そんな時、ピアノの早坂先生から連絡があり、来週のレッスンが急遽キャンセルになった。
 
 
そうだ、佳代さんに頼んで、来週のお茶のおけいこ、英会話もキャンセルしてもらえば、
暑いのに着物着なくて済むし、のんびりできる。
 
 
佳代さんは、苦い思いをした予防注射の一件があるので、
最初は、
 
 
「いけません。」
 
 
って、なかなかいいお返事をしてくれなかったけれど、頼み込んで、
 
 
「仕方ありません、承知いたしました。ですが、今度だけですよ。」
 
 
何とか、OKを引き出した。
 
 
 
そして、その日の夕食時。
 
早めに帰宅した達也さんと、向かい合って前菜をいただいていると、
佳代さんが、私の傍に寄ってきて、
 
 
 
「お茶の木元先生と英会話のケヴィン先生には、キャンセルの連絡を入れておきました。」
 
「ありがとう。」
 
 
 
何となく、達也さんが気になったけど、佳代さんが下がってしまうと、
思ったとおり、嫌な空気が漂いはじめた。
 
カチャっと、小さな音を立ててナイフとホークを置くと、
 
 
「今の話、何??」
 
 
 
早速チェックが・・・
 
しかも、声が低くなってる。
 
 
 
「・・・」
 
「言えないの??」
 
「来週のおけいこごとね、ちょっと用事ができたからキャンセルを頼んだの・・・それだけよ。」
 
「ふ〜ん、用事って何??」
 
 
 
うわ〜ん、この詰められる感じ・・・イヤ・・・
 
 
 
「えっ??だからちょっと都合が悪くなって・・・」
 
 
 
言い訳がとっさに出てこない・・・だって、用事なんてないんだもん。
困ったなぁ・・・
 
 
 
「何でそんなに困った顔してるの??用事は何って聞いてるだけだよ。」
 
「えっと・・・ね・・・」
 
「ふ〜ん、そういうこと。」
 
 
 
そう言って、立ち上がると、
 
 
 
「食事は中止!!」
 
 
 
そのまま席を立ち、少しして戻って来ると右手に何か持ってる。
 
よーく見ると、何とそれは靴べら。
 
まさか・・・思わず、椅子から立ち上がる。
 
 
 
「これからどうされるか、わかるよね??」
 
「・・・」
 
 
 
無言でイヤイヤをするように、首を横に振って意思表示したけど、
それで見逃してくれるなんてこと、きっとあり得ない。
 
それでも、逃れる方法を考えていると、ふいに左手首を掴まれた。
 
 
「イヤ!!放して。」
 
 
必死で両足の踵に力をこめて抵抗してみるけど、
どんどん引き摺られていく。
 
私が素直に従わないことに、痺れを切らしたのか、
 
 
 
「まったく・・・」
 
 
 
達也さんは、小さく溜め息を吐くと掴んだ手首を一旦放した。
 
そして、私と向かい合うようにこちらを向いたかと思うと、
 
 
「キャッ〜!!」
 
 
急に身体が浮いて、肩に担ぎ上げられた。
 
 
 
「イヤ〜!!下ろして!!」
 
 
 
背中をどんどん叩いたり、脚をバタバタさせてみたけど、
ビクともしない。
 
こんな華奢な身体のどこにこんな力があるのかと不思議に思うくらいに。
 
 
「お願い、下ろして!!下ろしてって言ってるのが聞こえないの??」
 
「大人しくしないと、後悔するよ。」
 
 
 
怒ってるときの淡々とした声・・・
 
力の限り背中をグーで叩いても、下ろしてくれることはなく、
廊下を通り、階段を上がって、とうとう私のお部屋の前まで来た。
 
 
「ここが君の部屋だよね??」
 
「・・・」
 
 
ドアを開けて中に入ると、やっと下ろされた。
 
達也さんは、ベッドの天蓋のレースを開け放つと、そばにあった白くまのぬいぐるみを退かして
腰掛ける。
 
手には例の靴べら・・・
 
 
 
「何ぼーっと立ってるの??正座して。」
 
「イヤ・・・ここは私のプライベートルームよ。勝手にベッドに腰掛けないで。」
 
「よくそんな口がきけるね。でも、それ、今のウチだけだから。」
 
 
 
そう言うと、スーっと立って、こちらに歩いてくる。
 
怖い・・・
 
きっと、力ずくで膝に乗せられイヤと云うほど、お尻を叩かれる・・・あの靴べらで・・・
 
私は頭を抱えて、その場にうずくまった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
達也さんは、傍まで来ると、少しの間、そのまま立っていた。
 
私が顔を上げると、それを待っていたように、そっと腕を取って、
 
 
「立って。」
 
 
低いくぐもった声で言うと、そのまま、ベッドまで連れて行かれて膝に乗せられた。
 
 
「反省の時間だよ。しっかり我慢して。」
 
 
スカートが背中まで上げられ、下着が太腿まで下ろされる。
藤崎さんや晃彦さんに、何度も叱られたけど、このときが一番キライ・・・
 
だって、嫌な時間の始まりだから。
 
 
手をドラえもんにして、目をつぶってじっと待っていたら、
白くまのぬいぐるみを渡してくれた。
 
 
「これに抱きついて我慢して。」って・・・
 
 
ずるいわ・・・これからツライ時間が始まるっていうのに、そんなことされたら、
素直にしなきゃいけないみたいじゃない。
 
そう思いながら、大好きなふわふわの白くまに抱きついた。
 
 
 
パッシィーーン
パッシィーーン
パッシィーーン
 
パッシィーーン
パッシィーーン
パッシィーーン
 
 
「いたい・・・」
 
 
徐々に力が込められてきて、お尻が熱くなってくる。
 
 
パッシィーーン
パッシィーーン
パッシィーーン
 
パッシィーーン
パッシィーーン
パッシィーーン
 
 
「うわ〜ん、いたぁーーーい!!」
 
 
 
それから、、数え切れないくらい叩かれて、やっと痛みが止まり、抱き起こされた。
 
 
 
「座って。」
 
「・・・」
 
「何で叱られてるか、わかってるよね??」
 
 
 
下を向いたまま、無言でうなずく。
 
 
 
「うん、じゃあ、理由を話して。」
 
「来週のお茶のおけいこと英会話のレッスンを都合なんて悪くないのに、
 佳代さんに頼んでキャンセル・・・しました。」
 
「それって、ただのサボりってこと??」
 
 
 
はい・・・ってお返事するのがバツが悪くて、そっと首を立てに振った。
 
 
 
「それは、いい事??悪い事??」
 
「・・・」
 
「ふ〜ん、いい事だと思ってるんだ。よーくわかった。」
 
「ううん、いい事じゃない・・・」
 
「わかってて、何でそういうことするの??。自分の勝手で面倒だから、やりたくないからキャンセルする??
 しかも、自分で連絡しないで、メイドさんにまでウソ吐かせて・・・それで、平気??」
 
「平気じゃないけど・・・」
 
「けど、何??」
 
「・・・」
 
「言いたいことがあるなら、はっきり言いなさい。」
 
「・・・のんびり・・・したかったんだもん・・・」
 
 
 
その言葉に、「はぁ・・」って大きな溜め息が聞こえた。
 
 
 
「気持ちはよくわかったから。今までのは、ほんのウォーミングアップ。
 これからが本当のお仕置きだよ、覚悟して。許さないから。」
 
 
達也さんは、私の腕を取り立ち上がらせると、、窓側に置かれた丸いピンクのテーブルに、
身体を預けるような姿勢にし、スカートを捲り上げる。
 
 
 
「逃げたり、手を出したら最初からやり直し。わかった??」
 
「・・・」
 
「返事は??」
 
「最初からやり直しなんてイヤ・・・」
 
「もう一度聞くよ。返事は??」
 
「は・・・い・・・」
 
 
言いたくなかったけど、言うしかなかった。
絶対無理なのに・・・
 
 
 
例の靴べらが、お尻に当てたれる。
目をギュッと閉じて、全身に力を込めた。
 
 
パッシィィィィーーン!!
 
 
 
「うわ〜ん!!いたぁぁぁぁーーい!!」
 
 
 
一度叩かれただけなのに、もう立っていられない。
うずくまってお尻を両手で擦る。
 
 
 
「誰がしゃがんでいいって言ったの??立って。」
 
「イヤ・・・もう痛いのはイヤ・・・」
 
「いやじゃないでしょう??自分が何したかわかってる??」
 
 
 
そう言うと、しゃがみこんだ私を引っ張りあげ、
 
 
パッシィィィィーーン!!
パッシィィィィーーン!!
 
 
「いったぁぁぁぁぁーーーい!!」
 
 
何度も何度も姿勢を崩して、あまりの痛さに大急ぎで庇いに行った手も、
背中にねじ上げられ、その度にもとに戻されて叩かれて・・・
でも、もうイヤ。
 
 
「もうイヤよ・・・痛いのはイヤぁ・・・もう二度としないから・・・」
 
「甘えれば許してくれると思ったら、大間違いだよ。立って。」
 
 
どこまでも許してくれない・・・
 
 
それからも、泣きながら何度ごめんなさいしても許してくれなくて、自分のしたことを心から後悔した。
 
涙は嗚咽へと変わる・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「そんなに泣くようなこと、何でするの??」
 
「・・ごめ・・ん・・なさい・・ごめん・・・な・・さい・・・」
 
 
もう、ほかに言う言葉が見つからない・・・
 
 
そして、やっと、反省している気持ちが伝わったのか、達也さんは靴べらをテーブルに置くと、
正座するように促した。
 
 
 
「大人だから、相手のためにどうしてもウソつかなければならないこともあると思うよ。
 でも、自分の勝手でウソついて、先生方がこれを知ったらどう思う??
 悲しい気持ちになる、そう思わない??」
 
「・・・私が・・とても・・・悪い子でした・・。先生のお気持ち、考えなかった・・の・・・ごめん・・な・・さい・・。」
 
「うん、これからは、まず相手の気持ちを考えて行動すること。勝手な思いつきで行動しないこと。
 もう、大人なんだから、わかるよね。」
 
「はい・・・先生方には正直にお話して謝ります・・・。」
 
「そうだね、それからメイドさんにも謝らないと。逆の立場になって考えれば、
 どんな気持ちでメイドさんがキャンセルの連絡を入れたかわかるはずだよ。」
 
「はい・・・佳代さんにも謝ります。」
 
「やっと、素直になったね。」
 
 
 
達也さんは、テーブルの上からティッシュを2枚程取り、
 
 
「涙をふいて。」
 
 
さりげなく差し出してくれた。
 
それから、穏やかな優しい口調に戻って、
 
 
 
「いい事ってさ、自分が喜び、相手が喜び、後悔しないことなんだよ。
 逆に悪い事は、自分が苦しみ、相手も苦しみ、後悔する・・・いつでも、後悔しないように前を向いて
 しっかり生きないと。」
 
 
 
優しいお説教にうなずきながら、留め金が外れたようにポロポロと涙が零れ落ちる度に、
心が浄化されていくのがわかった。
 
突然のスコールの後、空が水色に晴れ渡るように・・・
 
 
 
 
 
「さて、食事の途中だったね。ダイニングへ戻って食べよう。」
 
「お尻痛くて、美味しくいただけないかもしれない・・・誰かさんのせいで。」
 
「ははは。そんなこと言うなら、もう一度膝に来る??」
 
「イヤよ・・・もう痛いのはもう懲り懲り。」
 
 
 
 
やっぱり、不思議なひと・・・
 
 
 
さっきまで、あんなに厳しく叱られてお尻痛くされてたことが、まるで夢の出来事のように、
こんなにも、清々しい気持ちにさせてしまうなんて・・・
 
 
もちろん、それからはやんちゃして叱られることはなかった。
 
 
 
 
 
そして、予定の2週間が過ぎ、藤崎さんが無事に帰国した。
 
元気そうで何より。
 
 
 
「お嬢様、私がいない間、よい子にしていましたか??」
 
「えっ、えぇ・・・それなりに・・・」
 
 
 
帰って来た早々、こんなこと聞くなんて、やっぱり藤崎さん。
 
 
 
「それなりとは、何です??」
 
「だから・・・それなりはそれなりよ。」
 
 
 
そこへ、達也さんが帰ってきた。
 
話を逸らすには、いいタイミング。
 
 
 
「あっ、藤崎さん、この方ね、パパが頼んでくれたボディガードの由良達也さん。」
 
「おじさん、久しぶり。」
 
「えっ!!お、おじさん??」
 
「そうです。達也はね、私の妹の息子です。つまり、甥ってことですね。」
 
 
 
思ってもいないことが起こって、すぐに状況が飲み込めない。
 
 
 
「じゃあ・・・達也さんはパパの知り合いじゃなかったってこと??」
 
「ボディガードという名目で私が水早様にお願いしました。留守中に勝手されては困りますから。」
 
「騙していて、悪かったね。」
 
 
二人のお顔を交互に見回したけど、二人とも、微笑んでいるだけ。
 
 
 
「なぁ〜んだ・・・藤崎さんの差し金だったなんて・・・。」
 
「何ですか、差し金とは。」
 
 
 
パパも藤崎さんも達也さんも、みんなで私のこと騙していたなんて・・・ひどいわ。
じゃあ、もしかして、いろいろやんちゃしたこと、藤崎さんに筒抜け??
 
 
 
「さて、私の留守中に、どこぞのやんちゃなお姫様が色々と仕出かしてくれたようですから、
 まずはその清算をいたしましょう。お土産はそのあとです。」
 
「えっ〜、もうたくさん叱られたもん。イヤよ。」
 
 
 
悪い子したけど、今はちゃ〜んとよい子にしてること、一生懸命アピールしたけど、
執務室へ連れて行かれてお尻を痛くされた。
 
もう、みんな鬼なんだから・・・
 
 
 
そして、次の日、達也さんはご自宅へ戻られた。
8月いっぱい居るって、言っていたのに・・・
 
 
 
「もう帰ってしまうの??」
 
「役目は終わったからね。」
 
 
 
淋しそうにしていたら、
 
 
 
「いい子にしていないと、ここを痛くされるんだよ。」
 
 
 
また、痛いお尻をギュって抓った。
 
最後までイジワルして・・・
 
 
 
 
「いろいろありがとう。」
 
「また、機会があったら滞在させてもらうよ。」
 
「いつでも歓迎よ。」
 
「じゃあ・・・」
 
 
言ったあと、
 
 
「白くまに抱きついて必死にお仕置きに耐えてる君、可愛かったよ。」
 
 
 
最初は、強盗かとビクビクしたり、居候のくせに・・・なんて思ったけど、
優しいのに、怒ると怖くて、お仕置きは厳しくて、華奢なのに意外と力があって、
一緒にいると、心地いい・・・
 
そして、ベビーフェイス♪
 
 
まるで、煙に巻かれたような不思議な思いを残して、後ろ姿が小さくなっていく。
 
 
今度、お会いするのは、いつかしら・・・
そのときは、素敵な大人になっていたい・・・
 
 
「成長したね。」
 
 
って、褒めてもらえるように・・・
 
 
 
 
 
 
END
 
 
Nina拝
 
 
 

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