『Shinymoonとトロピカルカクテル』 -慎一郎編- | |
「どうして、そういう大事なこと、私に黙ってるのかな?」 その一言で、時間が止まり、辺りの空気は一瞬にして冷気を漂わせた。 今まで、和やかな笑い声が響いていた部屋の中を覆った、何とも言えないイヤな雰囲気。 いつも穏やかな慎一郎だけに、その口調で、相当怒っていることはすぐにわかった。 「・・・黙ってたわけじゃないよ。信号無視はしたけど、事故になってないし、警察にも捕まってないもの。」 「・・・それ、威張って言うこと??事故起こさなかったら信号無視してもいいの?」 「別に威張ってなんかない・・・」 「警察に捕まらなかったら信号無視してもいいと思ってるんだね。」 「そうじゃないけど・・・」 「じゃあ、どういうこと??ちゃんと私に説明しなさい。」 「・・・・」 こういうとき・・・つまり怒っているときの慎一郎は、いつも以上に紳士的になる。 決して、スタイルを崩すことはない。 「困ったな、黙っていては何も解決しないよ。」 「・・・・」 どこまでも、冷静な物言い。 15の歳の差が、今はそれ以上に感じられて、慎一郎が遠い。 手を伸ばせば届くくらい近くにいるのに・・・ 会社帰りに信号無視したこと、隠すつもりなんてなかった。 でも、何て切り出したらいいかわからなくて、叱られるのが怖くて言い出すことができなかった。 こんな気まずい雰囲気はイヤ・・・ 何を言ったって、それは所詮言い訳≠ナ、身に纏ったメッキが剥がれていくだけ。 だったら、黙っていたほうがいい・・・ もし、ここで、「ごめんなさい」を言えば、許してくれるの?? 「二度としてはいけないよ。」って笑って言ってくれるの?? そんなわけない。 慎一郎が何を求めているかわかっているはずなのに、さっき飲んだお酒にせいで、頭の中が朦朧として、どうしたらいいかわからない。 飲みかけのウイスキーを落ち着いた動作で飲み干すと慎一郎は少しだけ低い声で、こう言った。 「京子、ここへ来てお尻出しなさい。」 酔って、火照っていた身体からスーッと力が抜けてゆく。 軽い眩暈を起こしたみたいに・・・ こんなことを言う、慎一郎は好きじゃない。 恋人じゃなくて、保護者の顔になるから。 ちゃんとわかってるよ。 悪いことをしたって・・・ 叱られても仕方ないって・・・ でも、痛くされるってわかってるのに行けない・・・ 自分でお尻だすなんてできないよ・・・ できない・・・ 「仕方ないな。」 大きな溜め息が聞こえたかと思うと、サッと立ち上がって慎一郎は、テーブルの反対側にいる私のところにやってきた。 逃げたかったけど、椅子に根が生えたみたいに身体が動かなくて 抵抗する隙も与えてくれない程の素早い動きで、左腕を掴まれ視界が逆転する。 「イヤ〜!!」 ズボンにしがみ付いて、腰に回された腕を振り払おうと暴れてみるけど、 つま先がわずかに床に付く程度で、力が入らない。 バシッバシッバシッバシッバシッ!!! 「きゃっ!!イタッ!!」 無言のまま、何度かお尻を叩かれたあと、横に抱えられたまま、ソファーまで連れて行かれた。 必死で抵抗するけど、見た目より筋肉質な身体は、それを許さず、呆気なくソファーに座った慎一郎の膝の上に倒されてしまう。 そして、パジャマのズボンが下着と一緒に下ろされた。 「信号無視なんて、言語道断だ。痛い思いをしてしっかり反省しなさい。」 「やだやだやだぁ〜!!下ろしてぇ〜!!」 「やだじゃない。自分がどんな危険なことをしたのか、よーく考えてみなさい! 」 「だって、痛くするもーーーんっ!!」 「痛くされないとわからないのは、どこの誰かな??」 「今度から気をつけるからぁ・・・」 「今度からでは遅いんだよ。」 パッシィーン、ペッシィーン、ペッチィーン、パッシィーン、ペッチィーン!! ! どうして、大人しくしていられないんだろう・・・ じっと我慢していれば、許してくれるかもしれないのに。 それができないから、何度も何度も叱られてお尻を叩かれる。 「前にも言ったはずだよ??危ないことは許さないってね。」 「イヤ〜!!しんいちろー、いたぁーーい!!そんなの知らないー!!」 「知らない??じゃ、思い出すようにきっちり叱らないとね。」 「いたいっ、いたいよぉ・・・ふえっ・・・もうイヤーーー!!!」 「ほんとに悪い子だ。都合の悪いことは黙ってるし、知らないとウソつくし。」 「だって、したくて信号無視したわけじゃないもん・・・」 「そんなの当たり前だ!そんな言葉が出るなんて、全く反省してないってことだね。」 「いや〜ん!!」 「仕方ない・・こんなことはしたくないが、君がそういう態度なら私にも考えがある。」 パッチィィィーーン!!ペッチィィィーーン!!バッチィィィーーン!! 慎一郎は、足を組んで、お尻がいっそう高くなるようにすると、 今までとは比べ物にならないくらいの力で 休む間も与えず、右手を振り下ろす。 私は、痛みを散らすために、悲鳴をあげ暴れることしかできない。 いったいいつまで叩かれるのだろう。 そう思ったら、絶望的になった。 ピッシャーーン、ピッシャーーン、ピッシャーーン!! 「これだけ叩かれても、まだ反省できないの?? それとも、悪いことしたって自覚がないのかな??」 「・・・そんなこと・・ない・・」 「だったら、言うことがあるはずだ。」 「・・・・」 「・・・・ごめっ・・なさい・・・」 「ちゃんと私に聞こえるように言いなさい。」 「・・・ごめ・・ん・・なさい・・・もうしないから・・・ごめんなさ〜い・・」 痛みに耐え切れず、やっと出た「ごめんなさい」に平手が止まった。 でも、右手は依然としてお尻の上に待機されたまま・・・ だから、まだ許されてないんだってわかる。 重い気持ちで、泣いた目を擦っていたら、膝の上に抱き起こされた。 「京子・・・交通ルールってなんであるのか、わかる??」 「・・・??」 「なぜ、みんな交通ルールを守ってるの??警察に捕まるから??」 「・・・ううん・・・」 「そう、違うよね。」 さっきまでとは違う、切ない色の瞳に心が乱れはじめる。 秀麗な顔立ちが陰りを湛えて、辛そうで・・・ 「もし、私が事故に巻き込まれて怪我したらどうする??信号無視して交差点に突っ込んでくる車にぶつかって。」 「?!そんなのイヤ〜〜〜!!そんな悲しいこと言わないで。」 「そうだね・・・悲しいね。」 「慎一郎が事故にあったりしたら、どうしたらいいか・・・」 「私も同じ気持だ。君が事故に遭って怪我するのも、加害者になって他人を怪我させるのも イヤなんだよ。自分一人の問題ではなくなる。一瞬の不注意が、関わった人の一生を狂わせてしまい兼ねない。 事故起こすとは、そういうことなんだよ、わかるね??」 「しん・・いちろう・・・」 「だから、二度と危ないことはしないで欲しい。私からのお願いだ。」 「・・・」 「君が信号無視したって聞いて、本当に心臓が止まるかと思ったよ。 たのむから、、やんちゃも不注意もほどほどにしてくれないと、私は生きた心地がしない。 心配で心配で病気になってしまいそうだ。」 慎一郎は穏やかな口調で、言い聞かせるように言うと、優しく頭を撫でてくれた。 「大切な君にもしものことがあったら、私はそれを防げなかった自分を生涯呪うだろう・・・」 「・・・・ごめん・・なさ・・い・・・ごめ・・ん・・なさい・・・私が悪い子だったの・・ごめんなさ〜い!!」 「やっと、心からのごめんなさいが言えたね。」 「慎一郎・・・素直にできなくてごめん・・なさい・・・」 「ちゃんと反省できたら、ごめんなさいは何度も言わなくていいんだよ。」 暖かい掌がほほに触れる。 溜まった涙を拭き取ってくれる。 どうして、今まで素直になれなかったのだろう・・・ 悪いことだってわかっているのに、素直になれなくて慎一郎を困らせて・・・ でも、慎一郎の気持ち、たくさんの愛、この胸にちゃーんと伝わったよ。 信号無視したこと・・・ 事故起こしてないし、警察に捕まってないから、大したことないと思ったこと・ ・・ 叱られるのが怖くて、黙ってようとしたこと・・・ いろいろなことが込み上げてきて、その胸に抱きつき、留め金が外れたようにわんわん泣いた。 「慎一郎に叱られるのが、怖かった・・・呆れられるのが怖かったの・・・ もう、二度と危ないことはしない・・・ちゃんと約束する・・」 「そうだね。事故起こしたこと思えば、お尻ぶたれる痛みなんて大したことないはずだね??」 「・・・??」 「ちゃんと反省したら、ここからがお仕置きだ。しっかり我慢しなさい。」 「はい・・」 それからは、じっと我慢した。 こんな自分でも我慢できるんだ・・・って本当にそう思った。 もう、二度と危ないことはしないよ。 慎一郎を悲しませるようなことはしない・・・ 「よく我慢したね。いい子だ。」 終わったあと、慎一郎は膝の上に抱っこしてギュッと抱きしめてくれた。 広い胸からは、甘いダージリンの香りがほのかにして、 紳士の魔法にかかってゆく。 「痛かったかい??」 「痛かったよ・・・あんなに叩くんだもん。」 「あはは、君は以外とあまのじゃくだからね。 これからはもっと素直ないい子になってもらわないとね。」 「うん・・・ずっといい子でいられるようにがんばる。」 「たのんだよ、あまり心配かけるようなことはしないように。」 「うん・・・慎一郎・・・もう一度、抱っこ♪」 「やれやれ、私の京子姫はまだまだお子様だ。」 「お子様だっていいもん・・・だって、そのほうがたくさん甘えられるでしょ? 」 「あはは、そのとおりだ。」 腕の中は岸辺のない広い海を連想させて、自分の幼さを知らされる。 ずっとずっとこのまま腕の中にいたい・・・ 全てを包み込む、大きくて暖かい腕の中に・・・ 「ところで、お酒飲んでポロっとこぼさなかったら、ずっと私に黙ってるつもりだったのかい??」 「・・・」 そう、聞かれて、一瞬、言葉に詰まった。 慎一郎は、困ったように苦笑する。 「それと、なんで信号無視なんてしたの?? 何か考え事してたとか??」 「それがね、フロントガラスから見える月があまりに綺麗だったから、見惚れていてつい・・・」 「じゃあ、その月、私が取ってきて、君にあげよう。」 「えっ、どうやって??」 「ちょっと待っていなさい。」 慎一郎はそう言って、ワイングラスとトロピカルカクテルを持ってくると、グラスに並々注ぐ。 いったい何をする気なのか、興味津々で見ていると、ベランダへ来るように促された。 車の中から見たときより、幾分小さくなった月が雲ひとつない空に青白く輝いている。 「ほら、見てごらん。」 慎一郎が手にしたグラスを見ると、小さな泡がキラキラ光って月がうるんで見える。 「わぁ〜、キレイ〜♪」 「そうだね、キレイだね・・・この月は君のものだ。だから、二度と信号無視なんてして、私の寿命を縮めるようなことは してはいけないよ。。今度やったら、机に手をついてケインでお仕置きだ。いいね。」 「うん・・・」 あまりにもうれしくて、また涙が込み上げてきた。 こんな素敵な人、どこを探したっていやしない。 痛くて泣いたり、反省して泣いたり、うれしくて泣いたり・・・ なんだか、忙しい1日だったけど、涙は心の浄化だから、 たまには思いっきり泣くのもいいかもしれない。 お尻はジンジン痛いけど、何だか気持ちがスッキリして、 トロピカルカクテルを飲みながら、ずっと月を見ていた。 私のシャイニームーン・・・ それは・・・慎一郎♪ END Nina wrote. |