執事とお嬢様
「お嬢様、サーモンのソテーとにんじんのグラッセに、全く手を付けていませんね。」
 
「お魚もにんじんも嫌い・・・」
 
「そうでしたね。小さいころからお嫌いでした。」
 
「じゃあ・・・食べなくていい??」
 
「好き嫌いはいけませんと、何度もお教えしたはずです。」
 
「でも、でもね、嫌いなものを無理に食べても、身体のためにならないでしょう??」
 
「そんな理屈は通りません。」
 
「・・・」












                    執事とお嬢様












お洒落なお皿に、芸術品のように並べられたサーモンのソテーと色とりどりの野菜・・・
見ているだけなら、それはとてもキレイなのに・・・
 
 
なんとか、食べられるものには手を付けたけど、しっかりお皿に残ってしまっているサーモンとにんじんのグラッセが、必要以上に存在をアピールしているみたいでうんざりした。
 
 
いつもなら、嫌いなものでも、藤崎さんに言われて一口は手を付けるのに今日は、どうしてもそんな気分になれなかった。
 
 
そして、ムダに時間だけが過ぎてゆく。





「いったい、いつまでそうしているおつもりですか?」
 
「だって・・・」
 
「だってではありません。魚を召し上がると、アレルギーを起こすというわけではないのですから、嫌いだからといって、一口も召し上がらないのはいけません。いつも申し上げているでしょう?」
 
「・・・」
 
「お返事は?」
 
「はい・・・」




仕方なく、はい・・・と言ってしまったけど、食べたくないものは食べたくない。
ナイフとホークを握り締め、上目使いに見上げてみたけど、優しい眼差しでにっこりされた。
この人懐こい「笑顔」がクセモノだったりする。
 
 
どうしよう・・・
 
食べたくないし、藤崎さんは動く様子はないし・・・
思い悩んでいたら、、


「藤崎さん、ちょっとよろしいでしょうか。」
 
 
お客様でもいらしたのか、佳代さんが呼びにきた。
 
 
 
やった!
神様は私に味方してくれたんだわ・・・
 
二人がダイニングから出て行くのを確認して、お皿を持ちキッチンへ急ぐ。
ラッキーなことに、そこには誰もいなかった。
それでも、辺りを見回してもう一度確かめると、残ったサーモンとにんじんをそっと捨てる。
 
これで、食べなくていい・・・
ホッと息を付いて、胸を撫で下ろしていると、後ろで気配が・・・
イヤ〜な予感がして恐る恐る振り返ると、そこには藤崎さんが立っていた。
あ〜あ、全ては終わった。
 
 
 
「お嬢様、今、何をなさいました?」
 
 
 
そこに「笑顔」はなく、キッと厳しいお顔の藤崎さんが、じっとこちらを見ている。
うしろめたさから、目が合わせられない・・・答えられない・・・
 
 
 
 
「聞こえませんでしたか?今、何をしていたのかと聞いているんです。」
 
「あの・・・えっと・・・・・・サーモンとにんじんのグラッセを・・・捨てました・・・」
 
「それはよいことですか?悪いことですか?」
 
「・・・悪い・・ことです。」
 
「悪いことだとわかっていて、なさったのですね。」
  
 
 
 
小さく、首を縦に振った。
この状況では、言い訳なんて絶対無理。
だって、完全に現行犯だもん・・・
 
 
 
 
「中等科へ進学し、厳しくお叱りすることもないと思っていましたが、お嬢様にはまだまだキツイお仕置きが必要なようです。」
 
 
 
 
久しぶりに聞いた言葉・・・
それが、どういうことなのか、よくわかってる。
小さなころから悪いことをしたときは、膝に乗せられてイヤというほどお尻を叩かれた。
泣いたって、キチンと反省するまでは許してくれなかった。
 
普段はとても優しいのに・・・
 
 
 
 
「食べ物を粗末にするような悪い子が、どんな罰を受けるかわかりますね。」
 
「・・・はい・・」
 
「よろしい。ではこちらに来なさい。」
 
 
 
 
藤崎さんは、左手首を掴むと、いつものお部屋まで連れていく。
亡くなったおばあ様のプライベートルームだった綺麗なお部屋。
 
真っ白なレースのカーテンと真っ白なマントルピースのある
紗雪の大好きなお部屋なのに・・・
 
 
長い廊下を手を引かれて歩きながら、逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
今、手を振りほどけば、逃げられるかもしれない。
でも、どうせ捕まって、もっとひどく叱られるにきまってる。
 
 
 
 
 
ソファに腰掛けると、藤崎さんは無言で私を膝の上に乗せた。
大きな手でスカートが捲られ、下着が膝まで下ろされる。
 
 
 
「心のこもった料理を捨てるなんて許しません。」
 
ピシャァァァーーーン!!
 
 
はじめから手加減のない痛みがお尻に降ってきた。
 
 
「もう、中学生なのですから、やっていいことと悪いことの判断くらいつくはずです。」
 
パッシィィィーーーン!!
 
「料理を作った新堂の気持ちを考えたことがありますか?」
 
バッシィィィーーーン!!
 
「いつから、そんな悪い子になったんです?」
 
ペッシィィィーーーン!!
 
「もう二度とこんなことはしないと約束できますか?」
 
 
黙って痛いのを我慢していたら、
 
 
「お返事もできなくなりましたか?」
 
 
そう言われて、もっと厳しく叩かれた。
痛くて痛くて、両手を後ろに回して、お尻をカバーしたら手首を掴まれて・・・
 
 
 
パッシィィーーン、ピシャァァーーン、ペッシィィーーン!!
 
パッシィィーーン、ピッシャァーーン、ペッシィィーーン!!
 
 
 
「もうイヤーーーっ!!痛いのイヤ〜!!」
 
 
我慢していたけど、もう無理・・・
両足をバタバタさせて、掴まれた手首を振りほどこうと、必死で暴れてみる。
 
 
 
パッシィィーーン、ピシャァァーーン、ペッシィィーーン!!
 
パッシィィーーン、ピッシャァーーン、ペッシィィーーン!!
 
 
 
 
「もう反省したもーーん。だから終わりにして・・・!!」
 
「そんな言葉がでてくるなんて、反省していない証拠です。」
 
「そんなぁ・・・、ホントに反省したもん・・・」
 
「世の中には、飢えで亡くなっていく人がたくさんいるんですよ。
 お腹が空いても、食べられない子供たちが五万といるんです。」
 
「・・・そんなにたくさん・・・いるの??」
 
「そうです。それを思ったら、食べられることがどれだけ幸せなことか、わかるはずです。」
 
「・・・そんなこと、少しも思わなかったの・・・ただ、食べたくなくて・・うえ・・・ん、捨てたりして、ごめんな・・さ・・い・・・ごめ・・んなさい・・」
 
「私の紗雪お嬢様なら、わかってくださると思っていました。」
 
「藤崎さん、悪い子でごめんなさい〜、うわ〜ん!!」
 
「ちゃんとわかってくれたら、お仕置きはおしまいです。
 痛かったですね。一生懸命、我慢なさっているのがよくわかりました。」
 
「・・・痛かったけど、悪いの自分だから、我慢しなくちゃいけないって・・・」
 
「はいはい、えらかったですね。そのお気持ち、ちゃんと伝わっていますよ。」
 
 
 
 
藤崎さんの優しいお説教にうなずきながら、
何も考えず軽はずみなことをした自分が、恥ずかしくてたまらなかった。
 
 
 
 
「それと、もうひとつ!お嬢様が召し上がるお料理は、毎日、新堂が一生懸命メ
ニューを考え、自分の目で新鮮な材料を仕入れて、デザートまで、真心を込めてお作りしてい
るんです。
 それを、嫌いだからといって、捨てるような真似は人の道に反する行為なのですよ。」
 
「人の道に反する行為・・・??」
 
「そうです。 お嬢様には、人のお気持ちを理解できる心の優しい素敵な女性になって頂きたいのです。
 これからは、お嫌いでも、一口で構いませんから召し上がってください。それが、優しさです。」
 
「うん・・・もう捨てたりしないって約束する。でも・・素敵な大人になれるかな・・・」
 
「ご心配はいりません。私がついていますから安心してください。ただし、オイタが過ぎたら、わかっていますね。」
 
「いや〜ん、イジワル・・・」
 
 
 
 
藤崎さんの穏やかな声が、頭の中でこだましている。
よくわからないけど、涙がどんどん溢れてきて、目の前がかすんでよく見えない。
まるで、泣き笑いしてるみたいに・・・
 
心から反省すると、キュンて胸が痛くなって、そのあと晴れやかな気持ちになるってはじめて知った。
藤崎さんがそばにいてくれたら、どんなことでもできる気がする。
なにがあっても頑張れる気がする。
 
 
 
 
「さあ、お尻を冷やしましょう。」
 
 
 
 
それから、膝の上にうつ伏せになって、氷水でお尻を冷やしてもらった。
頭を撫でてもらって、幸せな気持ちになって・・・
このときが一番好き。
 
 
 
 
「ねえ、いつになったらお尻ペンから卒業できる?」
 
「さあ、どうでしょう。お嬢様が何処へお出しても恥ずかしくない立派な女性に成長されるまでは、
 卒業証書はお渡しできません。」
 
「じゃあ、大人になったら私の執事じゃなくなっちゃうの?」
 
「ははは、そんなことはありませんよ。ずっとおそばにおります。」
 
「ホント??」
 
「お嬢さまは、ちょっと目を離すと危ないですから。」
 
「ひど〜い、そんなことないのに。でもね、ずっとずっと紗雪のそばにいて欲しいの・・・」
 
「はい、生涯仕えさせていただきます。」
 
 
 
 
いつかきっと、藤崎さんが望むような素敵な女性になる。
きっとなる・・・
 
でも今は、おとぎの国のお姫さまでいたい・・・
まだまだ、子供のままでいたい・・・
 
 
貴方に甘えていたいから・・・
 
 
 
 
 
 
 
END
 
 
 
 
 
「執事とお嬢様」のイラストをイメージして。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Nina wrote.

back